帰国するといっておいて、連絡しなかったみなさま。ごめんなさい。
もうちょっと時間がとれると思っていたんだけれど、まったく時間がありませんでした。
今回の帰国の目的は、STeLA Leadership forum 2007。
これは、MIT、Harvard、東大、東工大、慶應などの理系大学院生を40人東京に集めて、グローバルな諸問題に挑むリーダー人材を育てようというもの。講義、討論形式のリーダーシップ研修素材と、企業のラボや工場見学、チームで結構手の込んだ装置作成プロジェクトに加え、尾身財務大臣(元・科学技術政策担当大臣)をはじめ科学技術にかかわる著名人をゲストに招いた10日間のハードコア強化合宿企画。科学、工学系の学生に加えて、ビジネス、政策等幅広なバックグラウンド、出身国は11ヶ国に渡る参加者・主催者を日米の大学から集め、1年半かけて運営母体の組織作りからスポンサー集め、内容の練り込みを続けてきたスタッフの努力が結実。
正直言うと、はじめは自分がこんなに満足感がえられるものとは期待していなかった。これまでに部活、仕事、研究以外でここまでがんばった企画ってなかったし、ボランティアだけでここまで大きな感動になるとも思っていなかった。
この企画のために1年以上もの期間をかけた。ビジネススクールのクラスもとったし、リーダーシップ関連の文献も本職のものに負けないくらい数のものを読んだ。いまだにリーダーシップといってもしっくりこないところもあるけれど、物事の進め方、考え方、他人との接し方に関しては、なるほどと納得することも多かった。個人的には何よりも、チーム運営をうまくまとめることの難しさを学んだ期間でもあった。チーム内に起こっている問題やコンフリクトを理解しているにも関わらず、それを解決できるだけのスキルが自分にはないというもどかしさを体験した。
リーダーシップうんぬんは置いておいて、ひさびさに日本の学生の知り合いが増えたというのもうれしかった。中には自分の研究に興味をもってくれて、熱い思いを語ってくれた人もいた。STeLAに関わらず、こういうつながりはこれからも大切にしたい。
反省点も多かったけれど、最後には涙を流すことができたくらいの満足感を得ることができた。一緒に仕事をしてきた方々、いろいろと迷惑かけてごめんなさい。そして、いっしょに仕事ができてよかったです。ありがとう。
2007年9月3日月曜日
2007年5月23日水曜日
やっと今日ファイナルが終わり、春セメスター終了。
この春セメスターは授業、研究以外にもいろいろと活動をして、勉強をおろそかにしてしまったというのが感想。とくに春セメスター終盤のmedia labのsponsor weekはひどかった。
というのも今回はじめてMedia labのsponsor weekにh2.0という大規模なイベントをやるということになったから。このイベントはHugh Herr, John Hockenberryの二人がhost。Hugh Herrは僕のアドバイザーでこのイベントで開発中だった義足を発表したいというのをメンバーに知らされたのがイベントの2週間前。ぼくはその義足の担当ではなかったのだけれど、あまりにも大変そうだったので、手伝いをずっとしていました。
これまでのsponsor weekはMedia labの教授陣が半年の研究成果をスポンサーに発表する場だけれども、このh2.0というイベントではthe new science of human adaptabilityをキーワードに、Media labの中で人間の身体•精神を支えるテクノロジーに関する研究を中心に発表が行われていった。詳しくはホームページから動画が見れるから、ぜひ見てほしい。とくにイベントの最後にはHughが実際に義足でロッククライミングをやっていて、これは聞かされていなかったからかなりびっくり。
そして、ラボの友達の義足もしっかり動いていました。よかったよかった。
この春セメスターは授業、研究以外にもいろいろと活動をして、勉強をおろそかにしてしまったというのが感想。とくに春セメスター終盤のmedia labのsponsor weekはひどかった。
というのも今回はじめてMedia labのsponsor weekにh2.0という大規模なイベントをやるということになったから。このイベントはHugh Herr, John Hockenberryの二人がhost。Hugh Herrは僕のアドバイザーでこのイベントで開発中だった義足を発表したいというのをメンバーに知らされたのがイベントの2週間前。ぼくはその義足の担当ではなかったのだけれど、あまりにも大変そうだったので、手伝いをずっとしていました。
これまでのsponsor weekはMedia labの教授陣が半年の研究成果をスポンサーに発表する場だけれども、このh2.0というイベントではthe new science of human adaptabilityをキーワードに、Media labの中で人間の身体•精神を支えるテクノロジーに関する研究を中心に発表が行われていった。詳しくはホームページから動画が見れるから、ぜひ見てほしい。とくにイベントの最後にはHughが実際に義足でロッククライミングをやっていて、これは聞かされていなかったからかなりびっくり。
そして、ラボの友達の義足もしっかり動いていました。よかったよかった。
2007年3月23日金曜日
去年の11月頃、Media labの友達がぼくのアドバイザーに密着取材をしていた。そのムービーが送られてきた。
彼はEdwardという台湾人。Media labのPh.Dの学生で、グループは違うけれど、去年の夏頃から話をするようになった。彼が話があるといって、初めてラボにきたのは去年の10月ごろ。何でも彼がHarverdで取っている授業のfinal projectとしてぼくのアドバイザー、Hugh Herrのドキュメンタリーを取りたいとのこと。そこで、話しやすいぼくにHughがどんな人が聞きにきたらしい。
予想通り、Hughは快く快諾し、撮影がはじまった。期間は2週間くらいだったけれど、sponsor weekもあったため、忙しさは尋常ではなかったらしい。
そしてできあがったものがこれ.Life. Researchというリンク先にある。重いので注意。

自分としては、普段から見慣れているアドバイザー。これをみた義足使用者は、みんな口を揃えて両足がないにも関わらず、不整地を走っているのが信じられないとのこと。本人に聞くと、やっぱたまに滑って転ぶらしい。だけど、せっかく走るんだったらやっぱ景色のきれいなところがいいといって、聞かないらしい(奥さん談)。
現在世の中にいろいろな義足があるけれど、高機能なものほどやっぱり価格が高くなる。需要がそれほどないにもかかわらず、高度な技術が要求されるから。それでも、Rheo kneeやC-legを初めて使った人は、みんなその機能に驚く。保険制度がしっかりしている国では、このような義足を使う人もいるけれど、未だにPeg leg(関節のない棒だけの義足)を大多数が使っているところもあるらしい。うちのグループではその解決法の一つとして、将来的にはOLPCのように安くて高機能な義足を開発し、政府やNPOに買わせて、配布できるような仕組みを考えている。まだまだ雲に手を伸ばすような感覚だけれど、実現できるようにがんばりたい。。。
彼はEdwardという台湾人。Media labのPh.Dの学生で、グループは違うけれど、去年の夏頃から話をするようになった。彼が話があるといって、初めてラボにきたのは去年の10月ごろ。何でも彼がHarverdで取っている授業のfinal projectとしてぼくのアドバイザー、Hugh Herrのドキュメンタリーを取りたいとのこと。そこで、話しやすいぼくにHughがどんな人が聞きにきたらしい。
予想通り、Hughは快く快諾し、撮影がはじまった。期間は2週間くらいだったけれど、sponsor weekもあったため、忙しさは尋常ではなかったらしい。
そしてできあがったものがこれ.Life. Researchというリンク先にある。重いので注意。
自分としては、普段から見慣れているアドバイザー。これをみた義足使用者は、みんな口を揃えて両足がないにも関わらず、不整地を走っているのが信じられないとのこと。本人に聞くと、やっぱたまに滑って転ぶらしい。だけど、せっかく走るんだったらやっぱ景色のきれいなところがいいといって、聞かないらしい(奥さん談)。
現在世の中にいろいろな義足があるけれど、高機能なものほどやっぱり価格が高くなる。需要がそれほどないにもかかわらず、高度な技術が要求されるから。それでも、Rheo kneeやC-legを初めて使った人は、みんなその機能に驚く。保険制度がしっかりしている国では、このような義足を使う人もいるけれど、未だにPeg leg(関節のない棒だけの義足)を大多数が使っているところもあるらしい。うちのグループではその解決法の一つとして、将来的にはOLPCのように安くて高機能な義足を開発し、政府やNPOに買わせて、配布できるような仕組みを考えている。まだまだ雲に手を伸ばすような感覚だけれど、実現できるようにがんばりたい。。。
2007年2月6日火曜日
以前から記事に書いていたRobo-one workshopがようやく終わりました。
1月のIAPという期間は、学生がクラスをオーガナイズしたり、そのクラスに参加したりと、普段のセメスターとは違い、いろいろなことにチャレンジすることができる期間。この時期にMITでもRobo-oneをやろうと思い立ったのが去年の夏前。
いざ始まってみると、いっしょにTAをやろうといっていたメンバーは実家に帰っていて、初日は参加学生9人と僕だけで、このクラス本当に大丈夫だろうかと心配するほどに人手不足に泣いた。結局コースの配布資料とサンプルプログラムはほぼ一人。(スポンサーの方には多大な協力をいただきました。)
それでも3週目に入ると実家に帰ってきたメンバーは帰ってきて、クラスにはきてくれるようになってやっとクラスらしくなった。
最終日のコンペティションは、コンペティションではなく、エグジビションのような感じで行った。というのは普通に歩くことができるロボットが2体しかなかったから。ちょっと1ヶ月という短い期間の上に、資料作りとサンプルプログラム作りが遅れてがちで、やりたいことの60%くらいしかできなかった。でも、プログラミングのこつはわかってきたし、クラスでやれること、やれないこともわかったので、来年のIAPにはコンペティションができるようにしたい。
でも、もうこのクラスにつきっきりになるのはやだ。。。
1月のIAPという期間は、学生がクラスをオーガナイズしたり、そのクラスに参加したりと、普段のセメスターとは違い、いろいろなことにチャレンジすることができる期間。この時期にMITでもRobo-oneをやろうと思い立ったのが去年の夏前。
いざ始まってみると、いっしょにTAをやろうといっていたメンバーは実家に帰っていて、初日は参加学生9人と僕だけで、このクラス本当に大丈夫だろうかと心配するほどに人手不足に泣いた。結局コースの配布資料とサンプルプログラムはほぼ一人。(スポンサーの方には多大な協力をいただきました。)
それでも3週目に入ると実家に帰ってきたメンバーは帰ってきて、クラスにはきてくれるようになってやっとクラスらしくなった。
最終日のコンペティションは、コンペティションではなく、エグジビションのような感じで行った。というのは普通に歩くことができるロボットが2体しかなかったから。ちょっと1ヶ月という短い期間の上に、資料作りとサンプルプログラム作りが遅れてがちで、やりたいことの60%くらいしかできなかった。でも、プログラミングのこつはわかってきたし、クラスでやれること、やれないこともわかったので、来年のIAPにはコンペティションができるようにしたい。
でも、もうこのクラスにつきっきりになるのはやだ。。。
2007年1月13日土曜日
一ヶ月前にノートパソコンが壊れて以来、ずっとPCから離れた生活をしていました。しかしここでもう奮発してMacBookkを購入。しばらく極貧生活が続きそう。
そんなこんなで、MITはIAPを迎えて、以前から企画していたRobo-oneのクラスが始まりました。

以前にも書いたことあるけれど、要は市販のロボットを使って1ヶ月の間、ロボットの組み立て、プログラミングを学んで、最終日にRobo-oneをやろうというもの。今年は最初の年ということで規模を小さくして、4チーム計9人のクラスになった。おどろいたことに、9人中6人が女性。日本ではありえない。。。。
こっちにきて、何かこういうようなことができないかと考えてやり始めたことなんだけれど、何かをやり始めることの難しさを実感。はじめのうちはスポンサーの何件かはすぐに決まって、さらにこのクラスがEECSの学科に認定されて単位をあげられるようになった。しかし、チーム編成、コースのマテリアル作り、カリキュラム作り、ペース配分、チームワーク。オーガナイザーはほとんどが大学院生で、12月終わりまでは授業がいそがしくて、年末はしっかりバケーションで実家に帰り、いまだ実家にいるという状況を想定していなかったので、すべての仕事が自分にのしかかり、現在かなり苦しい状況。さらに、日本に発注したものがまだ来ていない。前々から計画を立てて、仕事を割り振ったつもりだったんだけれど、うまく回らなかったことに反省。。。。
きっと、日本やアメリカのロボットコンペティションの主催者は本当に大変なんだなーと実感しました。頭が下がります。
そんなこんなで、MITはIAPを迎えて、以前から企画していたRobo-oneのクラスが始まりました。
以前にも書いたことあるけれど、要は市販のロボットを使って1ヶ月の間、ロボットの組み立て、プログラミングを学んで、最終日にRobo-oneをやろうというもの。今年は最初の年ということで規模を小さくして、4チーム計9人のクラスになった。おどろいたことに、9人中6人が女性。日本ではありえない。。。。
こっちにきて、何かこういうようなことができないかと考えてやり始めたことなんだけれど、何かをやり始めることの難しさを実感。はじめのうちはスポンサーの何件かはすぐに決まって、さらにこのクラスがEECSの学科に認定されて単位をあげられるようになった。しかし、チーム編成、コースのマテリアル作り、カリキュラム作り、ペース配分、チームワーク。オーガナイザーはほとんどが大学院生で、12月終わりまでは授業がいそがしくて、年末はしっかりバケーションで実家に帰り、いまだ実家にいるという状況を想定していなかったので、すべての仕事が自分にのしかかり、現在かなり苦しい状況。さらに、日本に発注したものがまだ来ていない。前々から計画を立てて、仕事を割り振ったつもりだったんだけれど、うまく回らなかったことに反省。。。。
きっと、日本やアメリカのロボットコンペティションの主催者は本当に大変なんだなーと実感しました。頭が下がります。
2007年1月3日水曜日
になってしまった。年末はNJの親戚のところで過ごし、正月は自宅でゆっくり。でもやっぱり生まれ育ったところが恋しいです。
去年の初めに目標を書いたんだけれど、ことごとく未達成のまま終了。今年は正念場になる予感。
毎年3日には高校のバスケ部のOB会に行っていたんだけれど、今年は不参加。これまでに1回葬式のために参加できなかったことがあったので、これで2回目の不参加。来年は行きたいところ。
それで、ちょっとでもOB会の雰囲気を味わいたくてボストンから国際電話をかけたんだけれど、ことごとく留守番電話サービス。。。みんなバスケやってるんだろうけれど、だれか一人くらいでてくれたっていいじゃない。。。
こんな感じの年の初め、今年の目標は
絶対Qual終わらせること。
ジャーナル一本。
以上!!
去年の初めに目標を書いたんだけれど、ことごとく未達成のまま終了。今年は正念場になる予感。
毎年3日には高校のバスケ部のOB会に行っていたんだけれど、今年は不参加。これまでに1回葬式のために参加できなかったことがあったので、これで2回目の不参加。来年は行きたいところ。
それで、ちょっとでもOB会の雰囲気を味わいたくてボストンから国際電話をかけたんだけれど、ことごとく留守番電話サービス。。。みんなバスケやってるんだろうけれど、だれか一人くらいでてくれたっていいじゃない。。。
こんな感じの年の初め、今年の目標は
絶対Qual終わらせること。
ジャーナル一本。
以上!!
2006年12月1日金曜日
先週末、東京理科大の学園祭で照明展が催されました。これは去年から始まったもので、後輩とその知り合い数人がオーガナイズしているらしい。去年たしか後輩に「Kenさんだったらぎりぎりにまで出してくれれば、間に合いますよ」とか言われて、照明展のリーフレットまでもらっておきながら、こっちにきてすっかり忙しさの波にさらわれてしまった。その後ろめたさもあったし、今年こそはなんか彼のために何かしたいと思って、照明を作ろうと思い立ったのが照明展の2週間前。
何を作ろうかと悩んだ末、やっぱ動くものを作ろうと考えた。その理由は簡単。だって畑違いの、しかも知り合いがまったくいない展示会におれが何ができるだろうかと思ったから。
1週間くらい、家に帰ってよなよなの作業。家にある材料だけでなんとか作ろうと思ったけれど、やっぱり時間と材料に無理があったかも。
結局できあがったものがこれ。

光センサがあって、夜があけると花が開く。土台の中にモータがはいっていて、光センサが夜明けを感知するとモータが糸を引っ張って花びらが開く仕組み。光る部分には3色LEDを使って時間によって徐々に色が変わる。ただし赤は故障。いたってシンプル。

他にも温度センサとか距離センサがあったんだけれど、フル可動させることはできなかった。結局見た目のデザインまで手は回らず。でもやりたいことの60%くらいはできたかな。
航空便も間に合ったみたいだし、一番心配していた日本での故障もなかったようなので、一安心。ただ、会場にはいけなかったので、おれの作品がどんだけ空気を読んでいないものだったのかが心配。
今回の件でわかったのは自分のものづくりのうでが落ちたということ。半田のテク、プログラミング、回路設計、すべてにおいて、思ったよりも時間が数倍かかってしまった。原因はケアレスミス。去年までなら、毎日のようにこんなことやっていたんだけれど。。。。。来年はもうちょっと時間をかけてやろう。
何を作ろうかと悩んだ末、やっぱ動くものを作ろうと考えた。その理由は簡単。だって畑違いの、しかも知り合いがまったくいない展示会におれが何ができるだろうかと思ったから。
1週間くらい、家に帰ってよなよなの作業。家にある材料だけでなんとか作ろうと思ったけれど、やっぱり時間と材料に無理があったかも。
結局できあがったものがこれ。
光センサがあって、夜があけると花が開く。土台の中にモータがはいっていて、光センサが夜明けを感知するとモータが糸を引っ張って花びらが開く仕組み。光る部分には3色LEDを使って時間によって徐々に色が変わる。ただし赤は故障。いたってシンプル。
他にも温度センサとか距離センサがあったんだけれど、フル可動させることはできなかった。結局見た目のデザインまで手は回らず。でもやりたいことの60%くらいはできたかな。
航空便も間に合ったみたいだし、一番心配していた日本での故障もなかったようなので、一安心。ただ、会場にはいけなかったので、おれの作品がどんだけ空気を読んでいないものだったのかが心配。
今回の件でわかったのは自分のものづくりのうでが落ちたということ。半田のテク、プログラミング、回路設計、すべてにおいて、思ったよりも時間が数倍かかってしまった。原因はケアレスミス。去年までなら、毎日のようにこんなことやっていたんだけれど。。。。。来年はもうちょっと時間をかけてやろう。
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