Asimoといえば、もはやロボットの代名詞ともいうくらいに有名なロボット。
本物じゃないのであしからず。
ソース
今年発表された宇宙開発計画案で盛り込まれた二足歩行ロボットの月探査。思わぬというか思った通り逆風にさらされておりますが、こいつなら月にいっても仕事できるんじゃないかな。見た目宇宙服っぽいし。
作った人たちはこの方。はじめてみたけれど結構前に作られたものなんですね。
2009年8月12日水曜日
2009年8月7日金曜日
先日STS-127の打ち上げを見に行って、見損なった記事を書いたときに、小学校のときの卒業アルバムの表紙の絵の話題をあげたら、実家のアルバムを写真に撮って親が送ってくれた。

記憶の中ではもうちょっとうまくかけていたはずだったんだけれど実際みてみると、手を抜いているような部分がところどころあるね。。後ろの大きく丸いものはなんなんだろう。でも、小学校6年生はこんなものかな。
写真の下の方に学校の名前がちょっとみえてるし。。。。
記憶の中ではもうちょっとうまくかけていたはずだったんだけれど実際みてみると、手を抜いているような部分がところどころあるね。。後ろの大きく丸いものはなんなんだろう。でも、小学校6年生はこんなものかな。
写真の下の方に学校の名前がちょっとみえてるし。。。。
2009年8月6日木曜日
1969年、ニールアームストロングが人類初、月面を踏みしめてから40年経った。それ以降NASAは100回以上ものスペースシャトルを打ち上げているが、そのプロジェクトも2010年に終わってしまうことが決定している。スペースシャトルが引退してしまうまえに一度は直接打ち上げを見てみたいと思い、航空宇宙工学科の友人数人を中心にオーランドに向かった。
小学校の頃、卒業アルバムに自分の好きな絵をコンピュータのスプラッシュというソフトウェアで描くことになって、自分が選んだ絵の題材はスペースシャトルだった。何かの本の表紙を見ながら、必死に描いたのを覚えている。残念ながらいま手元にはないけれども、放課後までのこって仕上げたりして、当時の自分としてはかなりの力作だったということを覚えている。その後、宇宙の学問に興味を持つことはなかったけれども、スペースシャトルの外観のかっこよさにあこがれたものだ。チャレンジャー号の事故はリアルタイムでテレビを見ていた。あまりにもショッキングな出来事なのでいまでも鮮明に覚えている。
今回のSTS-127の主なミッションは日本の実験棟の最後のパーツを国際宇宙ステーションに送り込むことと、宇宙ステーションに滞在中の若田さんの帰還である。6月に予定されていた発射なのだが、燃料漏れのせいで7月の延期されていた。
数日オーランドに滞在したが、サンダーストームのせいで今回も3回も発射が延期された。今回のミッションは国際宇宙ステーションに行かなければならないので、一日に10分ほどしかチャンスがないらしい。これは国際宇宙ステーションが90分に地球一周という、とてつもない速さで移動しているために、スペースシャトルもそれに合わせて打ち上げなければならないためである。これ以上ラボを休むわけにもいかず、自分は泣く泣くボストンに帰ってきたけれども、友人3人はオーランドに残って最後のチャンスにかけた。その甲斐あって、2009年7月15日エンデバー号は爆音とともに宇宙に飛び立った。
現地に残った友人がとったもの。

家でテレビでみたもの。

発射を英語でlaunchというけれども、プロジェクトを始めるときにもlaunchという言葉を使う。大抵の人は発射を見て満足するだろうけれども、実際は発射はただのプロジェクトの始まりで(実際には発射する前からだけれども)、クルーに取っては始まりでしかなかったのだ。発射した後もSTS-127のプロジェクトのニュースをRSSで追っていたので、宇宙でなにが行われているかを毎日チェックしていた。このニュースは非常にこまめにアップデートされていて、毎日クルーが何時にどんな音楽で目をさましているかまで記されていた。また、驚くべきことに若田さんは宇宙ステーションでブログを書いていて、その内容や写真は地球上での生活ではまったく想像もつかないようなものばかりで好奇心をあおられた。
そして、2009年7月31日にエンデバーはケネディスペースセンターに着陸した。若田さんは4ヶ月半も宇宙に滞在したにも関わらず、着陸直後の記者会見には元気な足取りで登場した。おそらく宇宙でのトレーニングを続けていたためだろう。それでも、骨がすかすかになるという現象は若田さんにも例外なくみられるもので、これからリハビリを行う予定だという。
今回のミッションの間、MITの宇宙おたくたちの話を聞いたりしていたために、これまで個人的に疑問におもっていたことがいろいろとわかった。
まずはexternal tankにはエンジンがついていないということ。シャトルは一番大きな燃料タンクの両脇に2つのsolid rocket boosterがついていて、その間にorbiterが蝉のようにくっついた状態で打ち上げられる。

external tankは写真の真ん中のオレンジ色の大きなやつで、orbiterで見えないがexternal tankの下は丸まっていて、中には液体酸素と液体窒素が入っているだけらしい。
各パーツの切り離し方も本当に興味深い。有る程度の上空にさしかかるとまずは二つのsolid rocket boosterが外側に切り離される。あとはorbiterの推進力だけで大気圏を突破する。その後、地球側にorbiter、宇宙側にexternal tankがある姿勢からいったんひっくり返ってから、external tankが切り離される。ここまでのプロセスが、発射からわずか8分ほどで終了する。最後のタンクの切り離しの映像は地球の外から、tankを落とす様子がはっきりとみえるので、神秘的にすら感じられる。
このプロセスはスキージャンプペアの日本チームによって忠実に再現されている。
下の動画の3:47くらいから注目。
話を聞いていると、日本の宇宙開拓技術は非常にさびしいもので、NASAに深く依存しているという印象を受けた。2回失敗しているとはいえ、100回以上ものスペースシャトルを宇宙に打ち上げているNASAに対し、日本は資金面で協力をし、日本人宇宙飛行士と実験棟「きぼう」を宇宙にうちあげてもらっている。日本独自のものといえば、H-IIに代表されるような小型の無人ロケット。他の大学はわからないけれども、MITには他の学科とくらべて異常な数の日本人大学院生が航空宇宙工学科に所属している。日本のすぐれた知識が、日本ではなく、海外を選ぶのは少し寂しい気もする。
今回のミッションで一番おどろいたことは、航空宇宙工学科の学生が、一般人にはまったくわからないような内容を、"一般常識"として会話をしていたこと。やっぱ宇宙好きはちがうなと思いましたよ。
NASAのwebsiteにはSTS127はもう既に終了したものとして、新しくSTS-128のミッションがトップで紹介されている。来年までに、あと8回ほどの打ち上げが予定されており、JAXAが絡むミッションは来年の3月に予定されている1回だけだという。この打ち上げはぜひ生でみてみたい。
小学校の頃、卒業アルバムに自分の好きな絵をコンピュータのスプラッシュというソフトウェアで描くことになって、自分が選んだ絵の題材はスペースシャトルだった。何かの本の表紙を見ながら、必死に描いたのを覚えている。残念ながらいま手元にはないけれども、放課後までのこって仕上げたりして、当時の自分としてはかなりの力作だったということを覚えている。その後、宇宙の学問に興味を持つことはなかったけれども、スペースシャトルの外観のかっこよさにあこがれたものだ。チャレンジャー号の事故はリアルタイムでテレビを見ていた。あまりにもショッキングな出来事なのでいまでも鮮明に覚えている。
今回のSTS-127の主なミッションは日本の実験棟の最後のパーツを国際宇宙ステーションに送り込むことと、宇宙ステーションに滞在中の若田さんの帰還である。6月に予定されていた発射なのだが、燃料漏れのせいで7月の延期されていた。
数日オーランドに滞在したが、サンダーストームのせいで今回も3回も発射が延期された。今回のミッションは国際宇宙ステーションに行かなければならないので、一日に10分ほどしかチャンスがないらしい。これは国際宇宙ステーションが90分に地球一周という、とてつもない速さで移動しているために、スペースシャトルもそれに合わせて打ち上げなければならないためである。これ以上ラボを休むわけにもいかず、自分は泣く泣くボストンに帰ってきたけれども、友人3人はオーランドに残って最後のチャンスにかけた。その甲斐あって、2009年7月15日エンデバー号は爆音とともに宇宙に飛び立った。
現地に残った友人がとったもの。
家でテレビでみたもの。
発射を英語でlaunchというけれども、プロジェクトを始めるときにもlaunchという言葉を使う。大抵の人は発射を見て満足するだろうけれども、実際は発射はただのプロジェクトの始まりで(実際には発射する前からだけれども)、クルーに取っては始まりでしかなかったのだ。発射した後もSTS-127のプロジェクトのニュースをRSSで追っていたので、宇宙でなにが行われているかを毎日チェックしていた。このニュースは非常にこまめにアップデートされていて、毎日クルーが何時にどんな音楽で目をさましているかまで記されていた。また、驚くべきことに若田さんは宇宙ステーションでブログを書いていて、その内容や写真は地球上での生活ではまったく想像もつかないようなものばかりで好奇心をあおられた。
そして、2009年7月31日にエンデバーはケネディスペースセンターに着陸した。若田さんは4ヶ月半も宇宙に滞在したにも関わらず、着陸直後の記者会見には元気な足取りで登場した。おそらく宇宙でのトレーニングを続けていたためだろう。それでも、骨がすかすかになるという現象は若田さんにも例外なくみられるもので、これからリハビリを行う予定だという。
今回のミッションの間、MITの宇宙おたくたちの話を聞いたりしていたために、これまで個人的に疑問におもっていたことがいろいろとわかった。
まずはexternal tankにはエンジンがついていないということ。シャトルは一番大きな燃料タンクの両脇に2つのsolid rocket boosterがついていて、その間にorbiterが蝉のようにくっついた状態で打ち上げられる。
external tankは写真の真ん中のオレンジ色の大きなやつで、orbiterで見えないがexternal tankの下は丸まっていて、中には液体酸素と液体窒素が入っているだけらしい。
各パーツの切り離し方も本当に興味深い。有る程度の上空にさしかかるとまずは二つのsolid rocket boosterが外側に切り離される。あとはorbiterの推進力だけで大気圏を突破する。その後、地球側にorbiter、宇宙側にexternal tankがある姿勢からいったんひっくり返ってから、external tankが切り離される。ここまでのプロセスが、発射からわずか8分ほどで終了する。最後のタンクの切り離しの映像は地球の外から、tankを落とす様子がはっきりとみえるので、神秘的にすら感じられる。
このプロセスはスキージャンプペアの日本チームによって忠実に再現されている。
下の動画の3:47くらいから注目。
話を聞いていると、日本の宇宙開拓技術は非常にさびしいもので、NASAに深く依存しているという印象を受けた。2回失敗しているとはいえ、100回以上ものスペースシャトルを宇宙に打ち上げているNASAに対し、日本は資金面で協力をし、日本人宇宙飛行士と実験棟「きぼう」を宇宙にうちあげてもらっている。日本独自のものといえば、H-IIに代表されるような小型の無人ロケット。他の大学はわからないけれども、MITには他の学科とくらべて異常な数の日本人大学院生が航空宇宙工学科に所属している。日本のすぐれた知識が、日本ではなく、海外を選ぶのは少し寂しい気もする。
今回のミッションで一番おどろいたことは、航空宇宙工学科の学生が、一般人にはまったくわからないような内容を、"一般常識"として会話をしていたこと。やっぱ宇宙好きはちがうなと思いましたよ。
NASAのwebsiteにはSTS127はもう既に終了したものとして、新しくSTS-128のミッションがトップで紹介されている。来年までに、あと8回ほどの打ち上げが予定されており、JAXAが絡むミッションは来年の3月に予定されている1回だけだという。この打ち上げはぜひ生でみてみたい。
2009年6月19日金曜日
いろいろ
またまたアカデミックな話。
先月、日本に3週間滞在し、ICRAやロボメカに参加した。国内の学会は、毎回同じメンバーが顔を揃えるため、おそらく自分と同世代の研究者や有名な教授陣は知り合いで、自分の知り合いが非常に少ないことを痛感した。とくに懇親会では、ロボット着ぐるみコンテストというものが開催され、参加している教授や学生やその知り合いなどがみんな内輪で異常に盛り上がり、自分がアウェイにいるような感覚だった。それでも、着ぐるみコンテストは、見てて単純に楽しかったですが、これをみた同業者以外の人たちはどう思うのだろうか。。。。しかし、パクリはずるいとおもう。
ここ数年、自分の研究を日本語で発表することもなかなかなかったし、日本の研究者と日本語で議論することはなかったので、変な違和感を感じたけれど終始楽しむことはできた。
ここで、ちょっと感じたことを数点。
ODEについて
ODEと言えば、おそらくアメリカでは、いや少なくともうちの大学ではOrdinary Differential Equationのことで、シミュレーションでODEをつかったといえば、ただ微分方程式を解いたというようなニュアンスに聞こえる。しかし、日本ではODEといえば、Open Dynamics Engineらしい。そんなにはやっているものなのでしょうか。自分も修士まで使っていたライブラリなのだけれど、結局いろいろな理由で使わなくなったもの。当時はあまり使っている人もいなかったけれど、ロボメカでは使っている人が本当に多くてびっくりした。
impedance controlについて
impedance controlといえば、たとえばロボットアームの手先に仮想のインピーダンスを想定して、手先にかかる力に相当するトルクを各関節にかけるものを思いつく。しかし、ロボメカのある発表で関節のPD制御をインピーダンス制御といっている発表者がいて、発表を聞いていた人もそれに同意していた。確かに、関節のインピーダンスを制御しているのだけれど、これって日本全体でそうなんでしょうか?
歩行補助機について
HALのような機構のエグゾスケルトンに関する研究が異常に多かった。その機械を評価するのに筋肉のEMGを用いているものが多かったけれど、ある筋肉のEMGの信号が減少したからといって、その運動を補助しているとは限らない。そして、EMGはすべての筋肉から得られるものではないので、機械を作った->ある筋肉のEMGが減ったという研究が本当に多かったけれど、まだなにも結果を示せていないと思う。
というような質問をとある先生にしたのだけれど、これをブログに書くと、いろいろな人が答えをメールしてくれるかもよと言ってくれる人がいたので、書いてみました。研究批判ではなく、単純な感想です。
先月、日本に3週間滞在し、ICRAやロボメカに参加した。国内の学会は、毎回同じメンバーが顔を揃えるため、おそらく自分と同世代の研究者や有名な教授陣は知り合いで、自分の知り合いが非常に少ないことを痛感した。とくに懇親会では、ロボット着ぐるみコンテストというものが開催され、参加している教授や学生やその知り合いなどがみんな内輪で異常に盛り上がり、自分がアウェイにいるような感覚だった。それでも、着ぐるみコンテストは、見てて単純に楽しかったですが、これをみた同業者以外の人たちはどう思うのだろうか。。。。しかし、パクリはずるいとおもう。
ここ数年、自分の研究を日本語で発表することもなかなかなかったし、日本の研究者と日本語で議論することはなかったので、変な違和感を感じたけれど終始楽しむことはできた。
ここで、ちょっと感じたことを数点。
ODEについて
ODEと言えば、おそらくアメリカでは、いや少なくともうちの大学ではOrdinary Differential Equationのことで、シミュレーションでODEをつかったといえば、ただ微分方程式を解いたというようなニュアンスに聞こえる。しかし、日本ではODEといえば、Open Dynamics Engineらしい。そんなにはやっているものなのでしょうか。自分も修士まで使っていたライブラリなのだけれど、結局いろいろな理由で使わなくなったもの。当時はあまり使っている人もいなかったけれど、ロボメカでは使っている人が本当に多くてびっくりした。
impedance controlについて
impedance controlといえば、たとえばロボットアームの手先に仮想のインピーダンスを想定して、手先にかかる力に相当するトルクを各関節にかけるものを思いつく。しかし、ロボメカのある発表で関節のPD制御をインピーダンス制御といっている発表者がいて、発表を聞いていた人もそれに同意していた。確かに、関節のインピーダンスを制御しているのだけれど、これって日本全体でそうなんでしょうか?
歩行補助機について
HALのような機構のエグゾスケルトンに関する研究が異常に多かった。その機械を評価するのに筋肉のEMGを用いているものが多かったけれど、ある筋肉のEMGの信号が減少したからといって、その運動を補助しているとは限らない。そして、EMGはすべての筋肉から得られるものではないので、機械を作った->ある筋肉のEMGが減ったという研究が本当に多かったけれど、まだなにも結果を示せていないと思う。
というような質問をとある先生にしたのだけれど、これをブログに書くと、いろいろな人が答えをメールしてくれるかもよと言ってくれる人がいたので、書いてみました。研究批判ではなく、単純な感想です。
2009年6月17日水曜日
先日HUROBINTのイベントに参加させていただいた。

このイベントは、津田沼にある千葉工業大学で行われた。実際に開催場所に行って参加したわけではなく、skypeを使って講演者の発表を聞かせていただいたのだ。
このHUROBINTは日本でどれほど知名度があるのか、わからないけれど自分にとってはとてもありがたい団体である。というのも、彼らはこれまでに2回もMITに10名以上の日本人の若手研究者をつれてきて、ワークショップを開いている。留学していることは楽しいけれど、このような同世代同分野の日本人と知り合いになるチャンスはなかなかない。日本にいれば、ロボット関係者が集まるロボティクスメカトロニクスや日本ロボット学会学術講演会に参加できるのだが、留学生にはそれができない。HUROBINTはそんなぼくに、同世代の同業者をたくさん連れてきてくれた。
skypeで聞く発表は、ときどき声が途切れたり、聞きづらくはなるけれども、音質画質ともによいクオリティでとても楽しむことができた。あらかじめPDFでスライドを送っていただき、それを手元で見ながら、skypeのビデオでも映像を楽しむ。しかし、質疑応答の声が聞きづらいことや、pdfだとムービーがみれないうえに、skypeの映像ではムービーは見づらいなどといった欠点もある。改善していけばこのような会議でも使えるようにはなると思うのだけれど、なにか画期的なソフトウェアがあるような気がしてならない。どなたか、無償でつかえるマルチポイントビデオ会議システムを知っている方がいれば教えてください。
今回参加したのは、ただ単純にHUROBINTというものに参加したかったというのもあるが、9月にあるロボット学会学術講演会のリハーサルという理由もあった。このHUROBINTは9月のこの学会で、若手研究者のためのブレインストーミング-学際性と国際性の向上をめざして-と題して、オーガナイズドセッションを開く予定で、その中で留学生数名がskypeを通して発表するという試みをしようとしている。このような公の場に、海外に留学しながらも日本の学会から声をかけていただけることは本当にありがたいお話である。ほかにもおもしろそうなオーガナイズドセッションがたくさんあるけれども、ぜひたくさんの同世代研究者にきてもらいたい。
ちなみに千葉工業大学で行われたHUROBINTの直後、新型インフルエンザに感染した学生がみつかり、学生が学内立ち入り禁止になったそうな。そのために21日に予定されていたオープンキャンパスも中止になってしまったらしい。
とにかく、オーガナイザの方々本当にありがとう。そしておつかれさまでした。
このイベントは、津田沼にある千葉工業大学で行われた。実際に開催場所に行って参加したわけではなく、skypeを使って講演者の発表を聞かせていただいたのだ。
このHUROBINTは日本でどれほど知名度があるのか、わからないけれど自分にとってはとてもありがたい団体である。というのも、彼らはこれまでに2回もMITに10名以上の日本人の若手研究者をつれてきて、ワークショップを開いている。留学していることは楽しいけれど、このような同世代同分野の日本人と知り合いになるチャンスはなかなかない。日本にいれば、ロボット関係者が集まるロボティクスメカトロニクスや日本ロボット学会学術講演会に参加できるのだが、留学生にはそれができない。HUROBINTはそんなぼくに、同世代の同業者をたくさん連れてきてくれた。
skypeで聞く発表は、ときどき声が途切れたり、聞きづらくはなるけれども、音質画質ともによいクオリティでとても楽しむことができた。あらかじめPDFでスライドを送っていただき、それを手元で見ながら、skypeのビデオでも映像を楽しむ。しかし、質疑応答の声が聞きづらいことや、pdfだとムービーがみれないうえに、skypeの映像ではムービーは見づらいなどといった欠点もある。改善していけばこのような会議でも使えるようにはなると思うのだけれど、なにか画期的なソフトウェアがあるような気がしてならない。どなたか、無償でつかえるマルチポイントビデオ会議システムを知っている方がいれば教えてください。
今回参加したのは、ただ単純にHUROBINTというものに参加したかったというのもあるが、9月にあるロボット学会学術講演会のリハーサルという理由もあった。このHUROBINTは9月のこの学会で、若手研究者のためのブレインストーミング-学際性と国際性の向上をめざして-と題して、オーガナイズドセッションを開く予定で、その中で留学生数名がskypeを通して発表するという試みをしようとしている。このような公の場に、海外に留学しながらも日本の学会から声をかけていただけることは本当にありがたいお話である。ほかにもおもしろそうなオーガナイズドセッションがたくさんあるけれども、ぜひたくさんの同世代研究者にきてもらいたい。
ちなみに千葉工業大学で行われたHUROBINTの直後、新型インフルエンザに感染した学生がみつかり、学生が学内立ち入り禁止になったそうな。そのために21日に予定されていたオープンキャンパスも中止になってしまったらしい。
とにかく、オーガナイザの方々本当にありがとう。そしておつかれさまでした。
2009年6月14日日曜日
富士山のふもとで、たねを育てる
世界の中心で。。、的なこのタイトルは先日行ってきた美術館でやっていた展示。
美術館というと自分とはほど遠いものといわれるかもしれないけれど、実はその昔工業デザイナーになりたかったと思っていたくらい、(あまりうまくないけれど)絵を描くのは好きで、いまでもえんぴつデッサンを研究の合間の空いた時間に描いている。
先日沼津にいる間に、クレマチスの丘にあるビュッフェ美術館で働いているいとこが、いろいろなパンフレットをおくってくれた。その中で「MITマン」という名前の気になる作品があったので、行ってきました。
MITマンを作ったのはFabrice Hyberというフランス生まれパリ在中のアーティストで、社会問題をアートという形で世界に発信している今はやりの社会派アーティストの一人。彼が注目しているのは「食文化」。彼の親が農業を営んでいたということもあり、彼は「たねを育てる」ことによって、都市を押し進めている東京のやみくもな追求と、そのことへの自覚に到達する方法とを組み合わせること、そしてそれを何度でも繰り返して説明しようとしている。
そんなことは、当時つゆ知らず美術館を歩いて回って気になった作品は2つ。
一つめはもちろんMITマン。もちろん名前が気になっただけ。

必要な栄養素を持つ野菜や果物が体のその場所につけられたオブジェ。例えば、頭部のカリフラワーは髪の毛を豊かにするものらしい。なぜMITマンとよばれているかというと、2007年彼がMITで有名な教授Robert Langerと出会って、共同で実施した研究成果。Robert Langerといえば、おそらくMITで1,2位を争う有名な教授でNatureへ論文をぽんぽん出している。彼のwebsiteを見てみると、彼の所属はbiologyでもbioengineeringでもHSTでもなく、Chemical Engineeringなんですね。とにかく、まったく専門でない自分が知っているくらい有名な先生ということ。彼のある一日の生活の風景がNaturenewsの記事になっていた。とても健康的な生活を送っているようだ。ちなみに、彼のところでポスドクをやることになっている友人にこのMITマンをみせたけれど、やっぱり知らなかった。
もうひとつがこれ。

その展示には、さまざまな食、生き物、技術をモチーフに描かれた彼の習作が壁にびっしりと、不規則に貼り付けられていた。その中でなぜこれが気になったからというと、だたこれをみて、うずしおキングを連想してしまったから。。
と変な感想ばかり書いてしまったけれど、全体的にただのアートとしてではなく、社会問題をアートで表現するという、今となってはありきたりになってしまったことだけれども、彼の場合にはより科学者に近い視点をもっているような印象を受けた。しかし、正直このようなアートをみても素人にはやっぱり理解しがたく、自分にはNorman Rockwellのようなわかりやすい絵を見ているほうがいいかなとも思った。
美術館というと自分とはほど遠いものといわれるかもしれないけれど、実はその昔工業デザイナーになりたかったと思っていたくらい、(あまりうまくないけれど)絵を描くのは好きで、いまでもえんぴつデッサンを研究の合間の空いた時間に描いている。
先日沼津にいる間に、クレマチスの丘にあるビュッフェ美術館で働いているいとこが、いろいろなパンフレットをおくってくれた。その中で「MITマン」という名前の気になる作品があったので、行ってきました。
MITマンを作ったのはFabrice Hyberというフランス生まれパリ在中のアーティストで、社会問題をアートという形で世界に発信している今はやりの社会派アーティストの一人。彼が注目しているのは「食文化」。彼の親が農業を営んでいたということもあり、彼は「たねを育てる」ことによって、都市を押し進めている東京のやみくもな追求と、そのことへの自覚に到達する方法とを組み合わせること、そしてそれを何度でも繰り返して説明しようとしている。
そんなことは、当時つゆ知らず美術館を歩いて回って気になった作品は2つ。
一つめはもちろんMITマン。もちろん名前が気になっただけ。
必要な栄養素を持つ野菜や果物が体のその場所につけられたオブジェ。例えば、頭部のカリフラワーは髪の毛を豊かにするものらしい。なぜMITマンとよばれているかというと、2007年彼がMITで有名な教授Robert Langerと出会って、共同で実施した研究成果。Robert Langerといえば、おそらくMITで1,2位を争う有名な教授でNatureへ論文をぽんぽん出している。彼のwebsiteを見てみると、彼の所属はbiologyでもbioengineeringでもHSTでもなく、Chemical Engineeringなんですね。とにかく、まったく専門でない自分が知っているくらい有名な先生ということ。彼のある一日の生活の風景がNaturenewsの記事になっていた。とても健康的な生活を送っているようだ。ちなみに、彼のところでポスドクをやることになっている友人にこのMITマンをみせたけれど、やっぱり知らなかった。
もうひとつがこれ。
その展示には、さまざまな食、生き物、技術をモチーフに描かれた彼の習作が壁にびっしりと、不規則に貼り付けられていた。その中でなぜこれが気になったからというと、だたこれをみて、うずしおキングを連想してしまったから。。
と変な感想ばかり書いてしまったけれど、全体的にただのアートとしてではなく、社会問題をアートで表現するという、今となってはありきたりになってしまったことだけれども、彼の場合にはより科学者に近い視点をもっているような印象を受けた。しかし、正直このようなアートをみても素人にはやっぱり理解しがたく、自分にはNorman Rockwellのようなわかりやすい絵を見ているほうがいいかなとも思った。
2009年6月11日木曜日
日本から帰ってきたときからか、このブログのアクセス数が増えたので、アクセスログをみてみると、不思議なことにgoogleから直接きている人が多かった。検索キーワードはHugh Herrやmedia lab、留学などが多かった。日本に帰国したときに会った人が、がんばってさがしてくれたのだろうか、それともただHugh Herrが有名になっただけか。いずれにせよ、最近非常に多くの人がここを訪れてくれているみたいでうれしいかぎりです。。また学会でいろいろな人にあったけれど、意外に多かったのが初対面だけれど、このブログをよんでくれている人が少なくなかったのに驚きました。
そんな同業者のみなさん、遅れること9日、やっとIROSの通知がありました。無事にアクセプトされたので、ぜひぜひ10月にまた会いましょう。ちなみに1650通以上の論文の中から900通の論文がアクセプトされたようです。約54%なので、そこまで低くならなかったみたいです。よかったよかった。
そんな同業者のみなさん、遅れること9日、やっとIROSの通知がありました。無事にアクセプトされたので、ぜひぜひ10月にまた会いましょう。ちなみに1650通以上の論文の中から900通の論文がアクセプトされたようです。約54%なので、そこまで低くならなかったみたいです。よかったよかった。
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