今日で語学学校3日目。。。
おれのいるELCという語学学校にはいま日本人がいっぱいいる。その中で、こんなやつがいた。
授業中におれに英語で質問してくるやつ。なんボストンにきたのか?いつきたのか?学生か?って質問攻め。しかも英語で。
まわりにいたイタリア人が
「なんでお互い2人とも日本人なのに英語で話すのか?」
というとそいつは
「おれはここに英語を勉強しにきているから」
だってさ。正直こいつは英語があまり話せてないようなやつなんだけど、こういうやつが将来立派に英語を話せているようになるんだろうなと思った。まわりの女子大生は遊びにきているような感じだしね。。この姿勢は見習いたい!!
授業の内容ははっきりいって会話が中心。grammerでもreadingでも。教科書を開かない授業すらある。英語の基礎を学びたい人というよりは、英語に慣れたいって思っている人向きなのかも。おれも慣れたい人だったからちょうど良かったけどさ。
授業はというと、先生がなんか質問をなげかけて生徒がそれに答えるって形が多い。たとえば、今日はアメリカの共通言語として英語にすべきなのか?(南アメリカではスペイン語の地域とかもあるらしい。チャイナタウンも中国語だけ??)っていう問題。それに関して生徒はどんどん発言をする。順番なんてお構いなし。先生にさされなくてもどんどん発言する。日本人はまったく話さない人がほとんど。つまり、せっかく高い金払って授業にでても、授業に参加(発言するところまで)できなければ無駄になってしまう。おれを含めて日本人にはこういうシチュエーションは慣れないもので何もしないまま授業が終わってしまうこともあった。いまではがんばって発言しようはするけど、ほかの国の人たちには負けてしまう。そこは見習いたいな。。(yukkeはどんななんだろ。。)
2005年8月13日土曜日
2005年8月11日木曜日
今日は語学学校にいってきた。
はじめは語学学校なんて別にいいやって思ってたけど、大学の講義をいきなりはじめて本当についていけるかどうか不安になってしまったので、行くことを最近決めた。
昨日はいろいろ事務手続きがあったので休みをもらって今日が初日。はじめに朝早くいってplacement testを受けた。すっげー簡単。文法は満点、interviewも5分くらい話して満点をもらった。こんなのでいいのか?
結局一番レベルの高いクラスに入って、授業を受けてみるとレベルたか!! おまえら普通にアメリカ人じゃねーかっていうくらいの人たちがいっぱいいました。いろいろ話してみると、ここは語学だけじゃなくてアメリカの文化とかビジネス英語とかも学べるからきているだとか。。
そんで授業はなかなか内容の濃いものだった。授業がおわって教室から外にでてみるとa lot of japaneses。なんかきゃぴきゃぴした女子大学生ちっくな人たちが群れてました。もちろん、日本語でぺちゃくちゃと。。。おれ、こんなやつらと同じクラスにならなくてよかった。。。
こんな感じで語学学校の初日は終わりました。まだ時差ぼけがつらい。。。おやすみなさぃ。。。
はじめは語学学校なんて別にいいやって思ってたけど、大学の講義をいきなりはじめて本当についていけるかどうか不安になってしまったので、行くことを最近決めた。
昨日はいろいろ事務手続きがあったので休みをもらって今日が初日。はじめに朝早くいってplacement testを受けた。すっげー簡単。文法は満点、interviewも5分くらい話して満点をもらった。こんなのでいいのか?
結局一番レベルの高いクラスに入って、授業を受けてみるとレベルたか!! おまえら普通にアメリカ人じゃねーかっていうくらいの人たちがいっぱいいました。いろいろ話してみると、ここは語学だけじゃなくてアメリカの文化とかビジネス英語とかも学べるからきているだとか。。
そんで授業はなかなか内容の濃いものだった。授業がおわって教室から外にでてみるとa lot of japaneses。なんかきゃぴきゃぴした女子大学生ちっくな人たちが群れてました。もちろん、日本語でぺちゃくちゃと。。。おれ、こんなやつらと同じクラスにならなくてよかった。。。
こんな感じで語学学校の初日は終わりました。まだ時差ぼけがつらい。。。おやすみなさぃ。。。
2005年8月9日火曜日
到着から一夜が明けました。
夜中の3時に荷物が無事に到着したおかげで着替えができるようになってよかった、よかった。
こっちは日本に負けないくらい暑いです。
今日はKO大学の後輩で現在夏休みの間ニューヨーク大学にきていたMと会いました。彼女はその日の2時にはNYに向かわなければ行けないらしいので、短い時間だったけど昼ごはんを一緒にしました。
別れた後、日本領事館に向かいました。なぜかというと、サイン登録が必要だから。日本でいう印鑑登録みたいやつ。なんでこうなったかというと
日本にて
(1)アメリカに引っ越すから車を売ろう!!
(2)まずは住所変更で町役場にいく。
(3)免許センターにいって国際免許とか
(4)もう回るところはないから車はいらないや。売ろう。
(5)印鑑証明が必要。
という感じです。印鑑証明は住所をアメリカに変更したあったので、すでに無効になってました。これを解決するためには、引越し先の日本領事館でサイン登録が必要になるそうです。
よく考えてみればわかることなんだけど、いそがしくてちょっとミスしてしまった。。また日本領事館では住所を証明するものが必要で、まだホテルにいるぼくの証明はでないとか。引っ越すまでその証明はあきらめて、その足でMITのInternational Student Officeに向かってチェックインをしました。
はじめは日系の人が英語で対応してたんだけど、パスポートとかI-20を渡すと、
「あっ、この人日本人なんだ。」
とボソッというと次からは日本語でした。おれって何人にみえるのだろうか?
こんな感じで初日が終わってしまいました。結局アドバイザーのところにはいけず。。。
夜中の3時に荷物が無事に到着したおかげで着替えができるようになってよかった、よかった。
こっちは日本に負けないくらい暑いです。
今日はKO大学の後輩で現在夏休みの間ニューヨーク大学にきていたMと会いました。彼女はその日の2時にはNYに向かわなければ行けないらしいので、短い時間だったけど昼ごはんを一緒にしました。
別れた後、日本領事館に向かいました。なぜかというと、サイン登録が必要だから。日本でいう印鑑登録みたいやつ。なんでこうなったかというと
日本にて
(1)アメリカに引っ越すから車を売ろう!!
(2)まずは住所変更で町役場にいく。
(3)免許センターにいって国際免許とか
(4)もう回るところはないから車はいらないや。売ろう。
(5)印鑑証明が必要。
という感じです。印鑑証明は住所をアメリカに変更したあったので、すでに無効になってました。これを解決するためには、引越し先の日本領事館でサイン登録が必要になるそうです。
よく考えてみればわかることなんだけど、いそがしくてちょっとミスしてしまった。。また日本領事館では住所を証明するものが必要で、まだホテルにいるぼくの証明はでないとか。引っ越すまでその証明はあきらめて、その足でMITのInternational Student Officeに向かってチェックインをしました。
はじめは日系の人が英語で対応してたんだけど、パスポートとかI-20を渡すと、
「あっ、この人日本人なんだ。」
とボソッというと次からは日本語でした。おれって何人にみえるのだろうか?
こんな感じで初日が終わってしまいました。結局アドバイザーのところにはいけず。。。
ボストンに着きました。
渡米するまえにyukkeが携帯なくしたり、道に迷ってたりしているのを見て、おれは慎重にやろうと思ってたのですけど。。
まず、荷物がbaggage claimからでてきませんでした。たぶん、乗り継ぎのときにあまり時間がなかったので、荷物は間に合わなかったのかと。その日はホテルに帰って寝ていたら、夜中の3時くらいにベルボーイが届けてくれました。
そして、痛いのがデジカメが壊れたこと。電源が入らなくなりました。まだ買ってから1ヶ月くらいしかたってないので保証で直せるはずなんだけど、ここはアメリカ。どうしよ。。。
でもこれらの不運はおれのせいではないのでおちゃめとかいわないで。
これにもめげずにがんばっていきます。明日からMITでアドバイザーとディスカッションです。
でブログのタイトルですが、ボストンについたのでlife@MITにしました。よろしく。
渡米するまえにyukkeが携帯なくしたり、道に迷ってたりしているのを見て、おれは慎重にやろうと思ってたのですけど。。
まず、荷物がbaggage claimからでてきませんでした。たぶん、乗り継ぎのときにあまり時間がなかったので、荷物は間に合わなかったのかと。その日はホテルに帰って寝ていたら、夜中の3時くらいにベルボーイが届けてくれました。
そして、痛いのがデジカメが壊れたこと。電源が入らなくなりました。まだ買ってから1ヶ月くらいしかたってないので保証で直せるはずなんだけど、ここはアメリカ。どうしよ。。。
これにもめげずにがんばっていきます。明日からMITでアドバイザーとディスカッションです。
でブログのタイトルですが、ボストンについたのでlife@MITにしました。よろしく。
2005年8月7日日曜日
急に留学がきまってから、6ヶ月くらいたちました。そして、ついに出発当日になりました。まだ先と思っていたのだけど、やはり時間というのは早いもので明日の今ころには飛行機に乗ってます。
なんで留学しようかと思ったかというと。。。
おれはいままでロボットの研究をやってきた。
ロボットといえば,これまでは工場などで車を作ったりするような工業ロボットが主流であった.しかし,ここ数年では,ロボットといえば,asimoのようなヒューマノイドロボットやaiboのようなペットロボットを思い浮かべる人が少なくない.これは,ロボットというものが人々の生活に現れてきたからである.
この理由は,技術者が子供のころアニメでみたガンダムやアトムなどのロボットにあこがれているからである.そして,人々はこのようなロボットをみて,昔みたアニメに近いものが実現したことに喜んでいる.現在,ヒューマノイドロボットはエンターテイメントを中心とした市場を確立し,ロボット産業を活性化させている.
ロボットが企業広告の大きな武器になることがわかると,ホンダを皮切りにソニー,三菱重工などの大企業もロボット開発にのりだし,ZMPなどのベンチャー企業も現れた.
これらの企業は「将来役立つ!!」というまだ先の見えない理由でロボットを開発している.むしろ、エンターテイメントの分野を目的にしている企業もある。
たとえば,トヨタ.
二足歩行ロボットの車いす.これは将来車椅子でいけない不正地なども移動できるようなものになって,将来は役立つかもしれない.
ぼくはいくつか疑問をもってしまう.
いつになったら本当に役立つものができるだろうか?はたして大きな需要が発生するか?
患者はこんなものに乗りたいか?自分が歩けるようになる方向に技術開発がすすまないだろうか?
ぼくはどうしても,このようなロボットを技術者の自己満足だと思ってしまう.企業は企業広告という目的のために,技術者は昔夢にみたようなロボットを作るためにという理由からロボットが開発されている(気がする).
ぼくもはじめはそれでいいと思っていた.自分の好きなロボットを作って,それが仕事になればいいと.楽しいし,生活もできると...そんなぼくに,本当に大きすぎるショックな出来事ができた.本当に大好きな高校の後輩が骨肉腫のせいで,ひざが人工関節になってしまった.1年間も入院生活のあと,彼は退院した.しかし,今年の初め,肺に転移してまた手術をした.それでも彼は前向きに行き続けている.本当は,怖いにちがいない.本当は毎日転移に恐怖しながら生きているにちがいない.
そう思いはじめると,自己満足で歩行ロボットを作るのってなんておめでたいのだろうかと感じ始めた.ヒューマノイドロボットを作るための技術じゃなくて,歩行技術がなにに役立つのか考えはじめなければいけないんじゃないかと.
エンジニアは最終的には人の役立つようなものにならなければならないと思う.車や自転車(これらもロボットの1つであるといえる)は人間の小さな力をつかって,大きな効力を得る装置であるといえる.人間が歩くよりも劇的に速く移動できるし,楽である.では,二足歩行ロボットをつかった移動はどうか?たしかに,歩けない人にとっては移動できるような手段の一つになるかもしれない.しかし,高価,怖いと理由から,そんなに社会に浸透するとは思えない.もしくは、普及にかなりの時間を要するだろう。だったら,車椅子でいいのではと...エスカレータのようなもの(これもロボットのひとつ)を階段にとりつければ移動も可能である.むしろ,そのほうが二足歩行ロボットをつかうよりもはるかに現実的である(いまのところ).では二足歩行ロボットはなんのために開発されているのか?やはり,技術者の自己満足,企業広告,エンターテイメントにしかならない(いまのところ).はじめは,技術者の好奇心や自己満足から科学技術は進歩することはあるだろう.しかし,二足歩行ロボットに関しては,もうその理由はあきた.
ぼくが今年からいくMITのBiomechatronics groupという研究室はロボット技術をつかったリハビリを目的とした研究が行われている.とくに義足や歩行補助器などは,かなり実用に近いものを開発している.ぼくは医者でもなければ,看護士でもない.でも,ぼくはその後輩のような人を助けるような仕事がしたい.エンターテイメントで人を楽しませるのではなくて,歩けない人が歩けるようにする,あるいは歩けるように補助するようなものを作って,人を本当に心のそこから笑わせることのできる仕事がしたい.(このような考えをもっている人はいっぱいいて、ここの教授もその一人)
と思っていたところ、yukkeが去年留学するといっていて、かなり刺激をうけた。じゃ、おれもということで受験したら受かって現在にいたっている。
まー、いろいろあったけどいくからには
がんばってきます。じゃ。
なんで留学しようかと思ったかというと。。。
おれはいままでロボットの研究をやってきた。
ロボットといえば,これまでは工場などで車を作ったりするような工業ロボットが主流であった.しかし,ここ数年では,ロボットといえば,asimoのようなヒューマノイドロボットやaiboのようなペットロボットを思い浮かべる人が少なくない.これは,ロボットというものが人々の生活に現れてきたからである.
この理由は,技術者が子供のころアニメでみたガンダムやアトムなどのロボットにあこがれているからである.そして,人々はこのようなロボットをみて,昔みたアニメに近いものが実現したことに喜んでいる.現在,ヒューマノイドロボットはエンターテイメントを中心とした市場を確立し,ロボット産業を活性化させている.
ロボットが企業広告の大きな武器になることがわかると,ホンダを皮切りにソニー,三菱重工などの大企業もロボット開発にのりだし,ZMPなどのベンチャー企業も現れた.
これらの企業は「将来役立つ!!」というまだ先の見えない理由でロボットを開発している.むしろ、エンターテイメントの分野を目的にしている企業もある。
たとえば,トヨタ.
二足歩行ロボットの車いす.これは将来車椅子でいけない不正地なども移動できるようなものになって,将来は役立つかもしれない.
ぼくはいくつか疑問をもってしまう.
いつになったら本当に役立つものができるだろうか?はたして大きな需要が発生するか?
患者はこんなものに乗りたいか?自分が歩けるようになる方向に技術開発がすすまないだろうか?
ぼくはどうしても,このようなロボットを技術者の自己満足だと思ってしまう.企業は企業広告という目的のために,技術者は昔夢にみたようなロボットを作るためにという理由からロボットが開発されている(気がする).
ぼくもはじめはそれでいいと思っていた.自分の好きなロボットを作って,それが仕事になればいいと.楽しいし,生活もできると...そんなぼくに,本当に大きすぎるショックな出来事ができた.本当に大好きな高校の後輩が骨肉腫のせいで,ひざが人工関節になってしまった.1年間も入院生活のあと,彼は退院した.しかし,今年の初め,肺に転移してまた手術をした.それでも彼は前向きに行き続けている.本当は,怖いにちがいない.本当は毎日転移に恐怖しながら生きているにちがいない.
そう思いはじめると,自己満足で歩行ロボットを作るのってなんておめでたいのだろうかと感じ始めた.ヒューマノイドロボットを作るための技術じゃなくて,歩行技術がなにに役立つのか考えはじめなければいけないんじゃないかと.
エンジニアは最終的には人の役立つようなものにならなければならないと思う.車や自転車(これらもロボットの1つであるといえる)は人間の小さな力をつかって,大きな効力を得る装置であるといえる.人間が歩くよりも劇的に速く移動できるし,楽である.では,二足歩行ロボットをつかった移動はどうか?たしかに,歩けない人にとっては移動できるような手段の一つになるかもしれない.しかし,高価,怖いと理由から,そんなに社会に浸透するとは思えない.もしくは、普及にかなりの時間を要するだろう。だったら,車椅子でいいのではと...エスカレータのようなもの(これもロボットのひとつ)を階段にとりつければ移動も可能である.むしろ,そのほうが二足歩行ロボットをつかうよりもはるかに現実的である(いまのところ).では二足歩行ロボットはなんのために開発されているのか?やはり,技術者の自己満足,企業広告,エンターテイメントにしかならない(いまのところ).はじめは,技術者の好奇心や自己満足から科学技術は進歩することはあるだろう.しかし,二足歩行ロボットに関しては,もうその理由はあきた.
ぼくが今年からいくMITのBiomechatronics groupという研究室はロボット技術をつかったリハビリを目的とした研究が行われている.とくに義足や歩行補助器などは,かなり実用に近いものを開発している.ぼくは医者でもなければ,看護士でもない.でも,ぼくはその後輩のような人を助けるような仕事がしたい.エンターテイメントで人を楽しませるのではなくて,歩けない人が歩けるようにする,あるいは歩けるように補助するようなものを作って,人を本当に心のそこから笑わせることのできる仕事がしたい.(このような考えをもっている人はいっぱいいて、ここの教授もその一人)
と思っていたところ、yukkeが去年留学するといっていて、かなり刺激をうけた。じゃ、おれもということで受験したら受かって現在にいたっている。
まー、いろいろあったけどいくからには
がんばってきます。じゃ。
2005年8月6日土曜日
昨日は高校のバスケ部の合宿にいってました。
今年は8月3,4,5,6日の4日間の日程で合宿が行われていて、おれは3,4日に参加してきました。
��日の夜練が終わった後に、現役生によばれて「これをアメリカにもっていってください」といって渡されたのがこのボール。

おれは最近まで仕事をやってたので、yukkeほど練習に参加してなかったので、あまり。。。。というかまったく期待していなかっただけにかなり涙ものでした。先生からもせんべつをいただいて。。本当にありがとうございます。いろいろ写真をとったのですが、とりあえず今日はこのへんで。。。
今年は8月3,4,5,6日の4日間の日程で合宿が行われていて、おれは3,4日に参加してきました。
��日の夜練が終わった後に、現役生によばれて「これをアメリカにもっていってください」といって渡されたのがこのボール。
おれは最近まで仕事をやってたので、yukkeほど練習に参加してなかったので、あまり。。。。というかまったく期待していなかっただけにかなり涙ものでした。先生からもせんべつをいただいて。。本当にありがとうございます。いろいろ写真をとったのですが、とりあえず今日はこのへんで。。。
2005年8月5日金曜日
うん?
先月の31日に引越しをして、いま出発までの1週間を実家で準備におわれてます。
実家にはネット環境がないので、ブログをアップできない。。。。とおもっていると、ふとwireless LANのネットワーク発見。まー、使えないだろうと思っているとつながっちゃった どうも、隣の家らしい。しかも、おれが使っていたメルコのやつと同じなんで、初期パスワードもわかっちゃう。大丈夫か?この家?
アク禁(なのか?)とかいわれるといやなのでここは我慢してよしき(mixi仲間)と同じネットカフェにいってアップしてます。
また暇になったらきます。ネタはだいぶたまってるので。。
実家にはネット環境がないので、ブログをアップできない。。。。とおもっていると、ふとwireless LANのネットワーク発見。まー、使えないだろうと思っているとつながっちゃった どうも、隣の家らしい。しかも、おれが使っていたメルコのやつと同じなんで、初期パスワードもわかっちゃう。大丈夫か?この家?
アク禁(なのか?)とかいわれるといやなのでここは我慢してよしき(mixi仲間)と同じネットカフェにいってアップしてます。
また暇になったらきます。ネタはだいぶたまってるので。。
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