2010年1月31日日曜日

ボーダーレス

最近周辺のネット環境のインフラが飽和するにつれ、それを取り巻くソフトウェアの種類が圧倒的に増えた。その進化が、自分のような研究者だけではなく、ネットに関わるすべての人の生活を激変し続けている。自分はその波にいまにも飲まれそう、いや飲まれかけているのであるが、他の人たちはどうやって適応しているのだろう。

渡米前から、日本ではmixiやgreeのようなSNSが大流行した。しかし、使用するための労力と更新しなければならないという重圧から、利用者の使用頻度は減りつつある。生き残りをかけて、greeはソーシャルゲームコンテンツ、mixiはmixiアプリを始め各自奮闘している。そして、最近ではmyspaceやfacebookのようなもちょっとゆるいつながりを持つことができるSNSの利用者が増えた。mixiのような人との強いつながりは捨て、広く浅くを実践しているようなSNSである。大学内ではこれらを利用して、イベントや授業の告知をも行っている。さらにLinkedinのような、学歴や職歴を記述するような、ビジネスライクのものまで広がってきた。

情報発信ツールとして、blogは以外と昔から使われている。個人が情報を手軽に発信できる反面、発信した情報が一般公開されるため、多少の危険を伴うことも多々あるようだ。

遠隔地の人との直接的なコミュニケーションツールとしては、msnメッセンジャーやgtalk、appletalkがよく使われていたが、これもPCにwebcamが付随するようになり、相手の顔をみながらのチャットや会話までできるようになった。そして、skypeはこれらの浸透を加速させた。また、ネット会議システムとしてポリコムが現れた。これにはほんとにお世話になっている。

そして、最近ではただのつぶやきを友達をシェアできるtwitterが広がりを見せている。twitterの広がりにつれ、ただのつぶやきだけでなく、写真や動画をもシェアできるようなサービスまで現れた。最近では、友達のつぶやきだけでなく、利用者がつくったリストをフォローすることも可能となり、ゆるいチャット会議システムのようなものまで利用できるようになった。


これらの進化は、もちろん開発者がすばらしいのもあるが、おそらく利用者がいろいろな形でソフトウェアを進化させてきたというのが驚くべきことである。

たとえば、最近メディアラボで行われたTEI10という学会の話である。この学会はすべての発表をリアルタイムでstreamingし、全世界の人が見れるようになっていた。そして、オフィシャルのtwitterのハッシュタグを更改し、参加者や視聴者のつぶやきをみんながみれるような環境を作った。自分は研究分野がまったく異なり、正直興味もなかったが、ムービーをみながら、参加者のつぶやきをみていると、あたかも自分が学会にまたちがった形で参加しているような感覚を受けた。twitterがダイナミクスを持つようになり、発表中に会話や情報交換をするという、実際には難しいことができるようになるのである。もちろん、好き嫌いはあるだろうけれど、意外とためになる情報やリンクがつぶやかれるため、自分は無視できない。そして、自分の場合は会場にはいないが、同じ建物にいるために、実際につぶやいている人との出会いもあった。

そして、最近発表されたipadに関しては、streamingサイトが落ちるほどの膨大な数のネットネット難民がjobsたちののプレゼンに注目した。動画はみれなくなったが、かわりにスライドをリアルタイムでアップしているサイトもtwitterで紹介された。

こうして、インフラを駆使して、情報収集していると、どうしても情報整理に時間がかかる、研究に集中できない、などのような問題も発生する。情報をどうやって処理するかという問題を処理するのもやはりテクノロジー。最近ではevernoteにお世話になっている。これはとりあえずどっかにおいておきたいという情報を保存しておくのに非常に便利で重宝している。また最近では大きなサイズのファイルを共有するためにdropboxのようなものまである。5年後、どんな構図になっているのだろう。googleがすべてを飲み込んでいたりして。